FCバルセロナ バルサニュース 各種データ 観戦ガイド バルサマニア 初心者入門  
セレクトブログ
  サッカーエージェント
現場主義
  本当にサッカー業界で
働きたい人へ
  エイジーニョ・ブログ
  サッカーグッズ専門店
ピチーチブログ
   
バルサについて
  >>>選手、歴史など
バルサニュース
  >>>最新バルサ記事
バルサデータ
  >>>各種バルサデータ
観戦ガイド
  >>>カンプノウ観戦
バルサマニア
  >>>マニアックコーナー
リンク
  >>>お奨めリンク
メール
  >>>ご意見・ご感想など
   
バルサグッズ専門店BOTIGA BLAUGRANA
  >>あれもこれも欲しい!
バルサ公認ソシオ入会受付オフィス
  >>日本語のお手続きで!
サッカーセレクトショップFootVogue
  >>各国リーグ、代表グッズ
   
過去記事

トップページバルサニュース過去記事>1月07日

 

2007年1月07日

変な空気。

 

新たなるシンボルとして、祭り上げられるエトー。

先日のマジョルカ戦は、いろんな意味で象徴的な試合となりました。過去数年、疑問の余地のないレギュラーだったロナウジーニョとデコがメンバーから外れ、試合前にエトーが主張していた勝利への執念プレーにて、チームはどうにか結果を残した。これまでは理想をどうしても捨て切れなかったライカー・バルサが、ただ生き残りのために現実に徹し、なりふり構わず勝利を取りにいくチームへと変化した転換点。そのような位置合いを、カタランメディアはあのゲームには与えています。そして新たなる大看板として崇め奉られているのが、サミ・エトーというわけです。

 

◇ロニーからエトーへ

FCバルセロナ周辺におけるサムエル・エトーの評価は以前から絶大なものがありましたが、それがここ数日、マジョルカ戦に勝利したことによってさらに、異常ともいえるくらいに上昇しています。その原因は、彼が試合前に主張していた“エトー理論”です。「全員で走って汗を流し、勝利を積み重ねていくことがなによりも重要。ただボールを回すことに固執しても、点が取れなきゃ意味はない。全員で戦い、勝利を手にしていく必要がある」と語ったエトーにバルサメディアが賛同し、とにかく勝利あるのみ!と声をあげ、そしてマジョルカ戦はスペクタクルとはまったく無縁の内容によって、どこかの中小クラブのように勝利した。これにてエトーは“神格化”され、新たなるバルサの象徴として奉られることとなったのです。

これにより、メディア的な中心選手はロナウジーニョからエトーへと推移したといえます。観ていて楽しいバルサフットボルの象徴がロナウジーニョであり、彼の魔法は無限のように思えた日もありましたが、盛者必衰の言葉は予想よりも早くブラジリアン・クラックの元へと訪れました。あれほどに輝いていたロニーはお荷物のように語られるようになり、ファンにとってもライカーにとっても、不可欠な選手ではなくなったのです。マジョルカ戦は怪我ということで招集されなかった彼ですが、たとえベンチに入っていても、プレーの機会はなかったはず。ギガクラックは急速にピッチ内での居場所を失い、代わりにエトーが象徴へとなっている。そんな状況です。

 

◇勝利万歳、ではない

“見て楽しいプレー”から、“現実的なプレーへ”。これがマジョルカ戦前後での、カンプノウ周辺の空気です。無意味に派手で、無意味にテクニック重視なフットボルは押入れにでもしまい込み、全員で戦い、献身的に力強くプレーすることを重視しなければならない。重要なのは楽しいプレーをすることではなく、勝利のために一丸となって汗を流し、3ポイントを積み重ね、タイトルを目指すことにある。そのように語ったエトーにメディアは激しく乗っかり、「とにかく勝利あるのみ!」とちょっと違った方向へ解釈しながら、マジョルカ戦を「エトー理論による勝利」というふうに捉えていったのです。発言の一部分が特に強調され、ドラマチックな話になっていく。そういえばどこの世界でも、よく見られる光景ではないですか。

落ち着いて振り返ってみると、理想を目指すライカーの意見が間違っているわけではまったくありません。このオランダ人監督にそれを実現する能力があるかどうかは別として、やはりバルサはバルサとして、どこかの白組のような勝利至上主義ではなく、ロマンを追い求めてほしい。マジョルカ戦のようなゲームを残り20試合やって優勝しても、喜びは何割引かになるでしょう。それにクラシコで傷心状態での苦手フエラ戦とはいえ、マジョルカとならば、もうちょっといいところを見せてほしいのが本音。もう少しパンチ力のあるチームが相手なら、ポイントを落としていても不思議ではない試合でした。

ということで、ロナウジーニョやデコのバルサでのサイクルが終わりに近づいているとしても、多数派を占めていたブラジル派が存在感を失っているとしても、それが“魅力的なフットボルとの決別”とするのは、ちと気が早い。やはりバルサには全員が全力でプレーすることを基本とした上で、スペクタクルなフットボルを志してもらわなければ困ります。どうしても勝利しかなかったマジョルカ戦は、あれで良しとしましょう。けれども今後は出来るだけ、いいプレーも甦らせていってほしいです。ライカーは是非、自分の理想をチームに具現化させるべし。エトーの重みが増すのはいいとして、それで勝てばなんでもいい、とはならないのです。最低限、全員から勝利への執念が感じられ、泥臭くとも“完全に勝った”といえるプレーをする。そこから這い上がっていきましょう。

 

◇まずは闘い、勝利し、そして魅せることを目指す

バルサがバルサである以上、まず最初に目指すのは勝利。クラブはタイトルを得るために莫大な資金を投入しているわけで、勝利なくして満足感など存在しません。そして勝利して当たり前の黄金時代なら「スペクタクルを!」とさらに“上”を目指すことになりますが、クライシス期にはそんなゼイタクはいえない。何はなくともまず勝利を、とのムードになるのはいわば必然であり、スペクタクルが一時的に免除されるのも仕方ありません。けれども、少しでも内容のあるゲームをしていく必要があるのは、好調も不調も関係ない。要するにエトーもライカーも、根っこでは同じことを主張しているのです。

クラブにはそれぞれ、哲学と呼ぶ独自のプレースタイルがあります。バルサであれば、常に攻撃的にいく。それがアイデンティティであって、大げさに言うならば存在意義です。勝利という目標に向かって、攻撃的なアプローチで進んでいくのがバルサ。それが現時点では、いくつかの惨めな結果の積み重ねによって、少々おかしな方向で解釈されるほどに切羽詰っているわけです。そして首尾よく、結果優先主義で勝利を重ねても、ロブソンやバンガール時代のように不満が出てくるのがバルサというクラブ。答えは最初から出ていました。やはりバルサは効率性とスペクタクルを天秤にかけるのではなく、双方を両立させることを目指さなければなりません。

エトーはバルサにゴツゴツしたフットボルをするチームに成れといったわけではなく、まずは魂をこめてプレーする、闘うチームになる必要があるといったのです。相手チームに気合で負けていてはならない、勝利への執念で負けてはならない、と。要するに、長らくグダグダと書いてきましたが、結論はひとつ。問題はいつまで経っても理想を現実とできるような期待感がこのチームには漂わないことと、なかなかチーム一丸のムードが作り出せていないところでしょう。エトーが象徴となるのは別に構いませんが、彼の求める闘うバルサとならないことには意味はありません。さて二日後のサンチェス・ピスファンでは、セビージャに負けない闘志を見せられますでしょうか。

 

 

 

 

(c) copyrights 1999-2006 blau-grana.com All rights reserved
このサイトはリンクフリーです。無断転載禁止

サイトマップ 管理人へのメール トップページへ