4. 20年ぶりの悪夢。
サイクリングとシエスタを終え、バルセロナの街は次第に夕暮れへと、決戦の時へと近づいていた。今回のカンプノウ出撃隊はチキート代表カピタン&Granaさんと、BlauGrana代表ことワタクシの計3名。普段のクラシコなら日程が決まっているのでもっといるのだが、今回は急なことなので見に行く日本人はたまたまか、よほどの物好きかだ。
そしてチキートの階段を下りているところで、他の宿泊客から真っ白になるような一言を浴びせられる。「チケットが2枚100で叩き売られている」、というのだ。ぬぁぁ〜!まさか!直前になれば安くなる、とは想像していたが、まさか100とは・・・。聞かなきゃよかった。アーメン。
スタジアムに到着したのはキックオフの1時間ちょっと前だっただろうか。ふだんならこの時間帯にはダフ屋はもういなくなっているものなのだが、今回はゲートの近くにまだ何人かいる。売れ残っているのだ。高く売れると思ってバカンス代稼ぎにいつもより多く売りに出ているからか。それとも想像以上に尻込みしてスタジアムに行かないソシオ以外の人間が多かったのか。いずれにせよ、こんな状況はカンプノウ以外ではありえないと思う。イングランドでは絶対ありえないだろう。しかしここはバルセロナ。このような事態が平気で起こりえる場所なのだ。悔しいのでダフ屋に値段は聞かなかったが、おそらくかなり安かったと思う。
ここで結論。カンプノウでのチケットは、どんな試合であろうとも絶対にそれなりの値段で手に入る!40年ぶりのユーロクラシコで売れ残っているのだから、間違いはないだろう。
カンプノウの正面入り口付近でカピタンたちと別れ、僕は自分の席を目指した。カピタンたちとは正反対側の、北側ゴール裏、89番入り口を探した。前々回、ダフ屋のじいさんから買ったチケットは見事にメレンゲ用の席だった。まさか2回も続けて同じことはないだろう、と思い見つけた89番入り口。むむむ・・ちょっと見てみると他の入り口とは何か違う雰囲気がする。ということでいきなり入るのを止め、少し離れたところからどんな人たちが入っていくのかを観察することにした。
すると入っていくのはブラウグラーナのシャツを着ていない人たちばかり。いやいや、こっちの人間だってバルサのシャツを着た人間ばかりじゃない。普段着のヤツだって多い。ええい、意を決して入場することにする。入り口のオジサン、こんにちは。ん?なに?なんか言ってる。む?聞きなれた単語があったよ。レアル・マドリー・・・。代理店め、またしても安いチケットを売りつけやがった。オジサンは僕のバルサのシャツを指差し、お前はバルセロニスタだろ、ならあっちのゲートへ行け、と言う。オッチョ・ドス。82番ゲートだ。ほんの少しだがスペイン語を予習しておいてよかった。僕は82番へ向かった。
だが、もし僕がバルサのシャツを着ていなかったらどうなっていたことだろう。オジサンはおそらく僕を通していただろう。そして3階席まで息を切らし階段を上がったところで、恐ろしい光景を目にしていたはずだ。そう、隔離された白い集団の中に、自分がいることを。そうなればもちろんバルサの応援なんて出来ない。目の前にいるメレンゲ族に向かって、「ぷ〜た!」などと叫ぶのは自ら地獄の扉を叩くようなものだ。僕は一生後悔しつづけていただろう。
よかった、バルサのシャツを着ていて。みなさんもダフ屋や代理店を利用したときは要注意です。メレンゲの席は全体の3%ほどしかないが、それでも僕はクラシコで2回続けてメレンゲの席をつかまされている。正規でないルートでチケットを手に入れた場合、用心しておくのが賢明だと思う。
そして82番入り口だが、どういうことか他とは違い長蛇の列が並んでいる。入り口を見てみると、ちょっと開いては閉じ、しばらくしてはまた開き、そういう動きを繰り返していた。なんで?わけがわからない。スペイン語がしゃべれないので周りのおっさんたちに聞く気にもならなかった。英語で聞けばよかったのかもしれないが、待っていれば分かるや、と入り口が近づくのをただ待った。
何分経っただろうか、その疑問が一気に解決されるときがきた。近くで見て気づいたのだが、82番のゲートは自動ドアだった。他のは鉄柵のような手動のドアだ。しかし、82番は自動ドア。しかもドアのようにノブを持って引くタイプではなく、ふすまのように横にスライドして開くドア。そう、もうお分かりでしょう、82番入り口はエレベーターだったのだ。
カンプノウにエレベータ!しかもVIP入り口じゃないところなのになぜ?理由はさっぱり分からないが、カピタンすらどこかにある、くらいしか知らなかったエレベータである。これはいい経験が出来たと思う。120分後にはもっと珍しく苦々しい経験をすることになるのだが。
82番は僕のような人間を収容する入り口なので、スタンドの席はどこに座っても関係ない。幸い僕が行ったときにはまだまだ空席があったので、上のほうの見渡しのきく席を選ぶ。少し離れたところには、危うく入りかけたメレンゲ族どもの席があり、大声でマドリーを応援する叫び声をあげている。そしてこちらからは奴らを罵る言葉が飛ぶ。
そうこうしているうちにキックオフの時間がやってきた。メレンゲ入場とともに激しい口笛がスタジアム中から鳴り響く。そしてバルサ入場。大音響で響くイムノ。バルサ!バルサ!バ〜ルサ!続いてチャンピオンズのテーマソング。ピッチの真ん中ではチャンピオンズの旗がパタパタと振られている。テレビでいつも見る光景だ。感動!そしてカンプノウはバルサを鼓舞するためのモザイクが・・・!し、しかしゴール裏とは言ってもほぼバックスタンドの僕の席からはモザイクが見えない〜!いや、正確にはモザイクの一部であろう白い模様をあげている人しか見えない!む、無念・・・。僕の楽しみはこれでひとつ砕け散った。モザイクを見たい人、そういう人はチケットを手に入れるときに座席の場所も確認しておくことをお薦めします!こんな目にあわないようにね!
試合のことは思い出したくもない。しかし、思い出したくないが、それでも心の中でいつまでも僕をチクチクと刺す光景はある。後半ロスタイム、バルサにとって相当な痛手となる2点目を無情にもバルサゴールに突き刺したマクマナマンの、こちらを挑発するかのように腕を突き上げたあの姿だ。マッカはゴール裏のメレンゲ族に向かってこぶしを突き上げたのかもしれない。だが僕にはこちらを挑発しているようにしか思えなかった。ビデオで確認すればいいのだが、嫌な気分になるので確認はしていない。これからも確認することはないのではないだろうか。
そして数分後に試合は終わった。観客席からバルサに対するブーイングはなかった。バルサは果敢にプレーしていた。ゴールを奪えなかったこと、そして相手にゴールを許してしまったこと以外は非の打ち所のほとんどないプレーをしていた。ただ、メレンゲのクラックは見事に仕事をやってのけ、バルサのクラックたちはそれが出来なかったのだ。内容ではバルサが圧倒していた。
心を支配する空しさに、メレンゲ族の勝利の罵声がビシビシと染み渡る。この野郎〜!僕はやり場のない怒りをこみ上げるのを感じていた。何か投げつけるものはないのか?ポケットを探る。ライターがあった。投げてやろうか?しかし投げたらタバコが吸えない。しばらく葛藤が続く。ペットボトルでも持っていれば間違いなく投げていただろう。しかし不運にも持っていない自分を嘆き、一服しながらカンプノウを後にした。
W杯での無意味な手荷物チェックは大反対だが、危険が予想されるゲームなら少しは致し方ないかな、そう感じた。だって僕でも投げたくなるのだから。日本の善良な、普通のフットボールファンがこれほどに憎しみを感じる場面などそうもないだろうが、接触の危険がある席周辺なら多少の制限もやむないかもしれない。
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